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2015年09月22日

他人を勝手に当事者認定して当事者意識を求めてくる自称当事者

面倒な人っているじゃないですか。特に仕事関連だとそういう人に出会うことが多いです。何かもう仕事=人生とか、何かひとつのことに人生を見出して、他人に対する要求レベルとかを勝手に引き上げてくるウザイ連中です。当事者意識高い系です。

黙れ!僕に関わるな!勝手に自分ひとりでやれ!

そもそもですよ、あたしゃ会社に給料をもらいに行っているのです。給料をもらうことが最大ミッションであり、それをいかにラクに手間なくこなすかということを考えて全力でやっているのです。で、そんなアタクシと自称当事者が組みますと、まったくかみ合わないのです。向こうは勝手にこの仕事を「自分の責任で成し遂げなければならない」とか思っちゃってますが、アタクシはできなきゃできなくてもいいのです。できない理由が説明できる程度にあるなら、「できない」でOKなのです。

そんなことよりも、何としてもそれをやり遂げようとするあまり、手段を選ばず、ブラック労働とか軽めの不法行為とかをするなんてことになったら、アタクシの私生活に重大な支障をきたすじゃないですか。そりゃ納期に間に合わないとなったとき、何としてでもやろうという志はご立派ではありますが、アタクシはそちら側の人間ではございません。普通にやって間に合わないものは、間に合わないんだからしょうがない。知ったこっちゃない。それで会社潰れたらアタクシも困るでしょうが、そんな無理しなきゃつづかないものならどのみち長持ちなんてしません。普通以上にやるのは百害あって一利ナシ。お気の毒ですが間に合いませんでした。チャンチャン。

もちろん奥の手はあると思いますよ。ただ「手段」の中にも、知ってるけど使わないヤツがあるのです。たとえば、何としてもこの有名人のスキャンダルをかぎつけようと思った写真週刊誌のカメラマンがいたとして、当事者意識を持って仕事にあたった場合、夜討ち朝駆けゴミ漁りくらいはするでしょう。でも、それはやったらアカンやつじゃないですか。普通にやったら、せいぜいが知り合い周辺に電話でアポ取りして、「悪いこと書こうと思ってるんです」と意図を明かしたうえで、その人の面白い話を聞かせてもらうとかくらいが関の山。それ以上は、何か魂汚れそうなのでイヤです。

魂が汚れない手段でも、「面倒なヤツ」「しんどいヤツ」「失敗したときの痛手が大きいヤツ」「自腹を切るヤツ」「朝早いヤツ」「夜遅いヤツ」「自分で手を動かすヤツ」「時間がかかるヤツ」は全部ノーサンキュー。ごく当たり前にどの世界でも行なわれていることだけが、「普通」の手段で、やることも致し方ないと思うヤツです。5割くらいの人が「大変っすねぇ」とか思うヤツは全部アウトです。「朝4時に市場行く」とかも含めて。行きたきゃお前が行け、と。

そういう連中との付き合いが必要になったら、そりゃ愚痴も増えますよね。どこの何をこだわってるんだか知らないお前のこだわりで休日を潰されたりとかしたら、愚痴らずにはいられません。何、お前、自分なりの全力出そうとしてんだよ。見つけた課題を今修正するな。次回の仕事で、立ち上がりからそうならないように活かせ。今やるな!トライは次回にしろ!トライ&エラーってのは、エラーしたら一回諦めるっていう意味なんだよ!トライ&エラー&トライ&エラー&トライとか粘ってんじゃない!

ましてや、せめて正面切って揉めないように陰で愚痴言ってるのを見つけて愚痴ってることそのものにケチつけられたんじゃかなわない。何を人の愚痴にまでケチつけてんだ。お前は愚痴取締役かと。お得意の当事者意識で、関わる人が愚痴を言わずに済むように手段を考えて責任を取ったらどうですかね!アタシャ、そんな無限責任法みたいなものに巻き込まれるのはまっぴらゴメンですが、やりたきゃ勝手にやればいいんじゃないですかね!

そういう連中は、結局「俺の楽しい俺の仕事」について「俺」を全力で振りかざすだけで、基本的には想像力を欠いています。アタクシにはアタクシの人生があり、アタクシがやらねばならないことは別にあるのです。「明日、早く出掛けて遊びに行く予定があるから、今日はテキトーに切り上げて帰りたい」ってときに、テキトーで済ませたいほうの案件に全力で巻き込まないでください。

結局、みんな自分勝手なんです。

僕は僕のために全力で手を抜くわけですが、当事者意識高い系が勝手にひとりで頑張るのまで止める気はありません。巻き込むなというだけで。あなたにはあなたの人生があり、私には私の人生がある。ただ、コッチはソッチに干渉しないのに、何でソッチはコッチの流儀にケチつけてんだよ、と。しぶしぶちょっとだけ付き合ってやってんのに、それすら「当事者意識がない」ときたもんだ。もう一回言いますけど、自分ひとりで勝手にやれ!

結局、連中は「俺」がイメージする最高の成果に届かないと、「俺」が気に喰わないのです。そのせいで、アタクシの土曜日のカフェめぐりとか、充実した日向ぼっことかが阻害されているかもしれないことには意識が行っていないのです。きっとめんどくさい要求をして、めんどくさい押しつけをして、いろんな人からめんどくさがられているんじゃないでしょうか。越えちゃいけないハードルを勝手に越えてきたりとかして。

案外そういう人は、自分の家では当事者意識とやらに欠けていて、掃除とか洗濯とかゴミ出しとかがいい加減だったりするかもしれません。人生のすべてでその面倒臭い「当事者意識」とやらを振りかざしてたら、クッタクタのはずですから。どこかでは抜いてるんじゃないですかね。たまたまその入れ所と抜き所が噛み合わないだけの相手を、一方的に「当事者意識がない」とかレッテル貼るような想像力不足ですから、自分自身の周りもちゃんと見えていないんじゃないかなと思ったり。

自称当事者と組んでしまうとえらくめんどくさいです。だから大人になると当事者になってるつもりの人と、もっと人生全体を俯瞰で見て他人のことを思い遣れる人を見分けられないと、ひどい目に遭います。




posted by フモフモ at 23:09 | Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする