2015年10月10日

生き捨てる毎日。

今日は思い切って会社のデスクを整理しました。後生大事にとっておいた資料とか、昔の書類とかを改めて「いるかな?いらないかな?」と判断したら全部いらないとなったので、全部捨てました。昔買った本とかも出てきて、「読むかな?読まないかな?」と考えたら全部読まないとなったので、全部捨てました。

何故か出てくるゲーム。何故か出てくる昔のNumber。何故か出てくるおもちゃ。何故か出てくる使用済クリアファイル。大量のボールペン、定規、消しゴム、ホチキス。どこかのクーポン券。小銭。飲み残しのクスリ。改めて必要なものだけを絞り込むと9割5分までいらないもので、全部捨てました。ハサミなんて6本くらい出てきましたので、それはそっと公共の棚に戻しました。

自分の仕事の成果物なんかもありまして、それは必要?不要?という視点で今まで考えたことがなかったのですが、改めて「必要?不要?」で見直したならば、いらないものばっかりで。フリーマーケットで10円の値段にしても売れないようなものばっかりで。さすがに捨てるのは忍びなかったのですが、いい機会なので捨てました。

何だか、時間を超えるというか、不変の価値というか、そういうことを生業とすればよかったなぁと思いました。たとえば「コップ」だったら、今使うかどうかはともかくとして10年経とうが20年経とうがコップじゃないですか。デザインの流行が一周したら、またオシャレ扱いでスターダムに帰ってくるかもしれない。でも、手元に残ったモノを見ていたら、これはもう帰ってこない類のものなんだとハタと気づきました。「2000年のカレンダー」は2000年が過ぎたら二度と必要にならないような感じで。

そして手元に残ったのは、

すぐ使う文房具。

今年のカレンダー。

Number。

だけ(笑)

野球選手が「この子が大きくなるまで現役を」とか言う気持ちがちょっとわかったような気がしました。今、この瞬間にしか価値がない仕事をするというのは、時間を超えない作業なんだなと。読み捨てる、書き捨てる、みたいな感じで生き捨てているんだなと。それが悪いってことじゃないんですけど、少しだけ寂しいことなんだなと思いました。

東京に出てきたときに買った皿で遅めの夕食を食べながら、「あぁ、コイツより長持ちした仕事をひとつも残していないんだ」と思ったら、何かひとつくらいは10年後20年後も残るようなことをしたいなと、分不相応な望みも出てきました。「お父さんはどんなお仕事してたの?」って、能年玲奈ちゃんと僕の間に生まれた子供に聞かれたとき、コレだよって見せられるようなものを。

Numberを見せるくらいしか、今のところ思いつかないので、それじゃないヤツを何か。




posted by フモフモ at 00:16 | Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする