2016年04月22日

夢のある人には夢を叶えてほしい。

最近、えらくブラックです。

社畜ライダーブラックRX(※太陽のチカラをキングストーンに受け、社畜ライダーブラックが進化した姿)としては、まだ限界点ではないけれど、年齢による衰えを考慮すればワリとキツイなぁという状況です。ちょっとヒマになったら風邪ひきそう。

世の社畜の標準が「24時間労働、仮眠はデスクで」だと言われたら、もう仕方ないんですけど、行き帰り入れて毎日15時間会社に時間を吸われるというのは心も身体も苦しい。僕ぁ無理。まわりは何か平気な顔してるけど。僕ぁ無理。できる人を尊敬します。

おかげさまで昼飯も2日に1回くらいしか食べないようになり、紀伊国屋のカレーパンとアップルパイを間食として常用するようになりました。ちょっと痩せたかも。スマホの電池も長持ちするようになりましたし、「もう見るニュースサイトないなぁ」という悩みも解消されました。

これが何になるんだろう。

やっぱり手応えというか。生きがいというか。自分がやらねばならないという気持ちというか。自分が生きるとはどういうことなのかを見失うような気持ちになります。仕事自体はイヤではないし、まぁそれなりにやりますし、面白い出来事もあるんですが、それって休日に映画見たり、酒呑んだりするのと大して変わらない感じ。つまり、楽しいけれど、何にもならない、そんな気がしてしまうことなのです。

給料とか感謝とかじゃなくって、自分がコレこそが「天命」だと思って取り組めることじゃないものって、どうしても虚しさが残るなぁと。好きな人と結ばれたときの天にも昇るような気持ちと違って、いきずりの美人といい感じになったときの胸の奥の冷めた感じっていうのが、人生に薄く横たわっている気がするのです。

理想は6時間、妥協点で8時間。1日の3分の1は寝て、3分の1は遊んで、残り3分の1で資金を稼ぐ。天命じゃないものは、その配分以上はナシっていうことにしてもらえないかなと。春先なので仕事上の面談などもあるのですが、「これからどうしたい?」って聞かれたときに、やはり心の中の本心として「そこそこお金もらうこと以外に何もやりたいことがない」っていうのがフワッと浮かんでくると、それを思い切って言ってしまえないことも含めて、何かが違うなぁと思ってしまう。

僕は何事も「ライト」なほうで、のめり込んだりはしないものですから、与えられた仕事に没頭するわけでも、何もかも捨てて演劇の道に走ったりするでもありません。ふわふわーっとしたまま、ふわふわーっと何かをして、ふわふわーっと流れて60点くらいの可もなく不可もない出来栄えを重ねているだけ。人より得意だと思えるのは嫌味と替え歌くらいで、コレといってとがったところもない。むしろ、平べったい。

大体、こんだけ好き勝手に嫌味ばっかり言ってるのに、ウケもしなけりゃ燃えもしないってのは、それだけ僕がふわふわしているからでしょう。手応えのない感じで。そういう心持ちを自分では好きだし、そうありつづけたいけれど、それでは世の中には居場所がないんだなと、ここまできてやっと気づいたような気がしています。僕の半生はノー爪痕です。

若い人は可能性と時間があるから、なまじちゃんとしてる若者は「あとで夢を叶えるために役立つ」だろうと日々の地道な成長とかに打ち込んだりするのでしょうが、たぶんそれはダメだと思う。僕なんかもそう思っているうちに何にも起きないまま今に至っちゃいましたからね。やっぱり、コレだと思うものを見つけるのが先で、そこに真っ直ぐ向かうことだけが世の中で居場所を作る道なんだろうと。ゴールまでいけるかわからないけれど、目指したストーリーを歩むのと、違うところでフラフラしているのじゃ全然違う。やりたいゲームをやってるときと、ヒマ潰しで中古をやってるときくらい違う。

流れていくうちに中洲に引っ掛かって止まることくらいはあるかもしれませんが、山の頂上にはたどりつかない。そういう人生をですね、半分後悔しながら、ただもう一回生まれ直してもこうだったんだろうなと思っているのが最近のワタクシであります。どこに向かうでもなく、どこに進めるでもなく、この先成すべきことも特になく、ふわふわーっと、ゆらゆらーっと、している。実生活でもネット上でも年齢非公表にしといてよかった。1994年生まれの22歳ってことにしておけば、ふわふわしてても許されそうですから。

夢、目標、やりたいこと、何もナシ。

せめて、やりたいことがある人が、ちゃんとそれをやれますように。

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posted by フモフモ at 02:33 | Comment(29) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする