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2016年06月28日

平日は働くものだという固定観念とか風潮とか思い込みとか。

僕は長年、3勤4休制度を推奨し、もっと休日を増やせと主張してきました。しかし、ハタと最近思うのです。休日になるとやたら店頭イベントだの、ファンサービスだの、生配信だのと休日用の仕事が生まれてしまう。「みんな休んでるときこそ働きどき」的な悪しき風潮を。

日本の諸悪の根源は休みと平日が厳格なことにあるのかもしれない、そう思うようになったのです。休日ならば何となく休みやすいというその気持ちの反動として、平日は何となく行かねばならないというような意識が、知らず知らずに刷り込まれてしまっている。

本当に必要なものは「自由」なのです。

具合が悪いとか、親が死んだとかではない、もっと個人的な理由。「ダルい」とか「見たいテレビがある」とか「今日は鷹の祭典やねん」という理由で、カジュアルに休むことができる環境こそが必要なのです。休みたいときに確実に休めるなら、別に4日も休日はなくていい。3日で十分。

いっそ、休日というものを全部とっぱらうのはどうでしょうか。すべてを平日にすれば、さすがに社畜どもも「全部出ますね」などとは言わないでしょう。ある程度休むことになる。そのとき、曜日やタイミングを個々の裁量で調整できるようにすれば、「毎日誰かが休んでる」という社会が実現できるのではないでしょうか。

毎日誰かが休んでいて、どんな会議にも必ず欠席者がいるような状況であれば、グッと休みへのハードルも下がります。そして同僚の様子を見て、「同僚Aは金土日が休み」「同僚Bは月火水が休み」「では僕は火木土を休みにしよう」となれば、同僚Aと会うのは月水だけで、同僚Bと会うのは金日だけになる。そして3人揃う日はゼロ!これなら精神的に合わない人とも頑張っており合える気がする。

現在の裁量労働制というのは、平日という確固たる大枠があったうえで実施されているので、本当の意味での裁量はききません。しかも、下手にフリーダムな制度をやってる風だけ吹かすもんだから、土日にも予定を侵食させて「平日で調整きくよな?」と圧力をかける逆効果を生んでいる。平日普通に出て、土日に休日向け仕事に引っ張られたら、一体いつ休むのだと。

それぞれがいないのが当たり前になれば、「いない状態でもことを進める」のが当たり前になり、いない状態で進んだことに対しての手戻りはNGという空気感が生まれるに違いありません。国全体がそういう仕組みになれば、社会も変わります。ゴールデンウィークだの夏休みだのという一極集中もなくなり、もっとゆとりを持って遊びに出掛けることもできる。

「基本働く日」「基本休む日」という概念の打破。

カレンダーはイメージの強化も含めて毎日を日曜日にします。平日も週末もなければ、別に曜日なんていらないでしょう。曜日の表示は「(n+5)※n=7」という感じにして、16日(n+3)などとします。もともと意味がない表示になるので、すぐに表示自体がなくなるでしょう。「田中部長は大体(n+6)はいないよね」的な個人の傾向は生まれるかもしれませんが、わかりづらくなれば固定化も進みにくくなるでしょう。

「誰が何曜日に働いているか」がまったくわからなくなれば、性急な要求というのも減るでしょう。「明日までに!」とか「今すぐに!」とか電話したら担当者がいなかった、とか。問題の大本から末端まで、たまたま全員働いている日しか「今すぐ」なんて話は通らないことになりますからね。最初の例で言えば、同僚Aと同僚Bと僕の全員のチカラを合わせなければできない仕事であれば、最低2日はかかる計算ですから。

金と時間がなければ経済活動など生まれません。会社は寿司を食べたり、クレヨンしんちゃんを買ったり、湯河原に行ったりはしないのです。なかには経費を使い込むヤツもいるでしょうが、経費を使い込むくらい太てぇ野郎なら休みも適当にとっているでしょう。そうじゃない人を救済せねば何の意味もない。善良な労働者個人にいかに金と時間があるか、それが経済活動の本質。

私はココに全部日曜日にする連合、略して全日連の結成を宣言いたします。

全日連を支持母体とされたい政治家の方は、メールにてご連絡ください。2〜3日以内に迅速にメールを折り返し、さらに2〜3日以内に早急に推薦を決定いたします。運転手、ウグイス嬢などのお手伝いもしますが、運転集は月木土日が稼働可能で、ウグイス嬢は月火水金が稼働可能となっておりますので、予定をお繰り合わせのうえで街頭演説会などの日程をご相談いただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。




posted by フモフモ at 01:14 | Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする