2016年12月07日

禁じられた餅つき。

お餅、好きですか。食べたいですよね。でも、自分で作るのは面倒臭いですよね。「あー、地域の誰かが餅つきとかしてふるまわねーかなー」というのは全国共通の願いだと思うのです。

しかし、昨今はなんじゃーかんじゃーと餅つきがなくなりつつあるとのこと。聞けば話はごもっとも。餅つきで集団食中毒が出たらどうするんだとか、餅をジジイがつまらせたらどうするんだとか。危険性が指摘されているのだそうです。

もしそんなことになったら、餅をつく側はたまったもんじゃないですよね。餅ついて、ふるまってやったら、文句言われて、責任を追及されるなんて割に合わない。そりゃ餅つきもなくなります。サトウの切り餅でも食ってろと。

どっちがいいとかはないですよ。自分が餅つき大会を企画する側になったら、心配事はヤマのようにありますから。子どもに杵を持たせたら落として怪我したとか言われたら、「うわー、めんどくせー」って思いますもん。どうしてもやる理由でもないかぎりは、やりたくないですよね。

餅は餅屋という言葉の意味も変わっていくのかなと思います。

昔は、誰もが餅をつくという前提があったうえで、やはりそれぞれの専門家に任せるほうがいいのであるという意味の言葉でした。しかし、これからは「商売として、それを生業とするもの以外は、余計なことをしない」という意味で、世間も変わっていくのかなと思います。

餅にまつわるあらゆるリスクを勘案し、排除し、何かことが起きたときには餅のプロとしてその責めを受ける覚悟のあるものだけが、餅に挑むことができる。そういう世の中になっていくのかなと思います。「素人がやりたくてやった」ことで起きた重大な事件って、到底許されない感じがね、何となくしているのです。

それは、ある意味で分業というものがどんどん進み効率化された世の中なのかもしれません。ただ、自分ひとりで完結する暮らしがなくなっていったとき、自分の生命としてのチカラというものが大きく落ちていくのかなとも思います。どっちがいいとかじゃないんですけど、焚き火で焼き芋とか、みんなで餅つきとか、川で飛込みとか、そういうのはドンドンなくなっていって、どんどん安全で守られた遊びだけが残るんだろうなと。

新しい遊びを、新しい喜びを、生み出していかないといけませんね。いつまでもチョンマゲつけた連中の思いつきに頼っていちゃダメなんですよね。我々が現代の価値観で安心して楽しむことができる季節感のある遊びというものを生み出していくことが、ガマンとは違う唯一の解決策なのかなと思います。知性で、超える。餅つきを止めることではなく、餅つきよりも面白いものを思いつくことで抗っていけたらいいのにと思います。

だって、正月は餅なんて、決まり事じゃないですからね。

↓という長い前フリと正反対ですが、近所の餅つきに行ってきました!
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↓素人が不衛生な屋外でペッタンペッタンやってきましたよ!
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↓うまーーーーーーい!
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野外で不衛生な素人が餅つきしている、野蛮な地域に住んでおります。

嫌いじゃないです。



posted by フモフモ at 00:57 | Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする