2017年11月14日

五輪の思い出。

今日はちょっと人と会ったのですが、ひょんなことから子どもの頃の話を始めました。ちょうど最近の世間の動きとマッチしていて、タイムリーだなと思ったので、こちらでも。

僕は子どもの頃、短い時間でしたが仙台に住んでいました。3歳から小学校の1年生までですね。あまり当時の記憶はないのですが、柿の木が校庭のド真ん中にある小学校に通いました。震災のときはそこが避難所になっていたのを、ニュースで見ました。仙台からは少し外れており、あまり遊ぶところもなかったような記憶です。

住んでいたのは10階建てくらいのマンションで、スカイマンションとかいう名前でした。立派だったような気もします。当時は父親も羽振りがよかったのですが、仙台を引き払うときに急に貧しくなりました。何故だったのかはよくわからないですし、聞く気も特にありません。「あのときマンション買っちゃえばよかったなぁ」は父親が3年に一回くらい言う愚痴です。

隣の部屋に住んでいたゴトウくんと、近所の子供シブヤくんとでよく遊びました。一番ひどい遊びは、マンションの屋上にのぼって隣家の屋根に石を落とすという遊びでした。「屋上から石を落せる場所に子供が行けた」というのもすごいし、実際に落としているのもすごい。隣家のオヤジにこっぴどく怒られましたが、誰かに当たる前に見つかって、今はよかったと思っています。

結構立派な大理石造りみたいなエントランスで、その1階のロビーにある自販機が大好きでした。コンビニがいきわたる前の時代ですので、建物から出ないで飲み物が買えることがとてもすごく思えたのです。そこで買う三ツ矢サイダーを飲むのが、焼肉の日の恒例でした。焼肉をやることも、その後めっきり少なくなりましたが。僕の将来の夢のひとつが「ベンダー(※自販機を置いておくことで小銭を稼げる人のこと)」であることは、この原体験と密接なつながりがあります。

仙台にいたときはテレビも豊富で「笑っていいとも」などをお昼には見ていたのですが、のちに岩手に引っ越して以降は、フジテレビ・テレビ朝日・テレビ東京からの断絶が起き、寂しい幼年時代を過ごしました。ある時期の世間の話題に疎かったりするのは、岩手のせいです(笑)。

あのままあのマンションで暮らせる感じであれば、どんな感じだったのかなぁとたまに思います。それまではわりといい暮らしだったはずが、あるときを境にいろいろとスケールダウンし、「ここに行きたい!」とせがむたびに「面白くないと思う」と親が渋るような感じでした。行ってもないのに面白くないと思うというのもひどい答えですが、金がなくて行けないとは言えなかったのでしょうね。

何で、そんな話になっているかというと、その住んでいた場所の住所が「仙台市宮城野区五輪」というのです。昔は区なんてなかったので、もうちょっと違う住所だったと思うのですが「五輪」はよく覚えています。なんか、カッコいいじゃないですか。武法具の名前みたいで。

で、その五輪が仙台市と相まって、聖地化していると。

五輪行きの看板をSNSでシェアすることが流行っていると。

そんな話題を見ましたらば、何だか僕の聖地を巡礼されているような気になってしまいました。本当にありがとう。どうもどうも。やぁ、ありがとう。みなさんが巡礼してくれた気持ち、僕の励みにします。そして、どうせ巡礼するなら道路標識だけ撮影して終わりではなく、スカイマンションを探してみてください。

僕の思い出がどれくらい美化されたものなのかどうか。築40年とかでしょうから、おそらくはボロボロになっているはずですが、「あぁここにいたんだ」と思って見ていただければと思います。羽生氏の五輪行きを願う看板の先に、僕が待っている。「なんかすげぇ余計な情報…」という気持ちを噛み締めながら、存分に聖地巡礼をお楽しみください。

僕はその場所で、ずっと前から羽生さんを待っていたのかもしれませんね…。

(※なお本人と「五輪」は特に縁がない模様)




posted by フモフモ at 02:09 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする